企業紹介

強烈な個性を持つあなたへ、ドアハンドル国内シェアNo.1企業からの招待状

株式会社ユニオン

日常、さまざまなシーンで使うドアノブ。

何気なく使っているドアノブだが国内の90%を、ある会社が生産していることをご存知だろうか。

その会社の名は、株式会社ユニオン。ユニオンでは、ドアノブを「ドアハンドル」と命名し、創業時からさまざまなアプローチを用いて、唯一無二のブランディングを設計している。

今回、訪ねたのはこのユニオンの代表取締役を務める、立野純三さん。ユニオンのこれまでの軌跡とシェア圧倒的No1にまで上り詰めるためのマーケティング力とブランディング力、そして新卒採用で人材に求めるものをお聞きしてきた。

品質、デザイン、アイデア、PR。すべてにおいて「一流であること」を追求してきたユニオンでは、どのような人材が求められているだろうか。

国内シェア、90%―。東京五輪・大阪万博を支えた、唯一無二の「ドアハンドル」

ー株式会社ユニオン(以下、ユニオン)は、どのように創業したのでしょうか?

ユニオンには前身となる会社が存在しており、現在のようなドアハンドルを扱うメーカーではなく、問屋として仕事をしていました。

しかし戦後の荒波に揉まれ、問屋の仕事が難しくなっていきました。そこで、1958年に私の父である先代の社長が、ドアハンドルのメーカー「株式会社ユニオン」として、再スタートしました。

ーなぜ「ドアハンドル」という分野で会社を立ち上げたのでしょう?

先代は問屋の仕事を通して、戦後急速に建物の西洋化が進んでいき、ドアハンドルの需要が増えていくことを見越していたのではないかと思います。

しかしまだ当時の日本では、ドアハンドルに特化したメーカーがなかったため、この市場で勝負しようと考えたのでしょう。

ー再スタートを切ってから、先代社長はどのようにビジネス展開されたのですか?

創業時からユニオンでは、他の追随を許さない、自社のブランディングに力を入れています。

まず、問屋であった前身会社の利を活かし、工場を持つ協力会社と連携してものづくりを行う、いわゆる「ファブレス経営」を取り入れてきました。

この仕組みにより、ユニオンは企画やデザイン、コンサルティングに特化することができ、協力会社と共にクオリティにこだわった、独自の製品を生産することができたのです。

ーものづくりのクオリティを協力会社に依頼して担保しつつ、ユニオンはブレインの役割に専念できたんですね。

さらに当時、ドアハンドルだけを本業としてビジネスを展開している会社はユニオン以外にありませんでした。

当時の競合は、他の製品をつくりながらドアハンドルもつくっているような、いわゆる片手間で商売をしている会社が多かったそうです。

しかしそうした会社は、ドアハンドルが本業でないが故に、在庫が不足したり、納期に時間がかかったりと、お客さまへの要望に応えきれないケースが数多く存在しました。

ーここで、ドアハンドルを本業としているユニオンの強みが生かされたわけですね。

はい。

そうした中ユニオンでは、数多くの種類のドアハンドルを取り揃えました。

さらにそれぞれのドアハンドルの色やサイズ、形が違うものなど、お客さまの用途に合わせて適切なものがご提案できるよう、バリエーションを豊富にして常に全製品の在庫を確保することを徹底しました。

その他にも、当時としてはまだめずらしかったカラー、英語対応のカタログの制作。さらにまだテレビが普及していない時代、有名タレントを起用してラジオCMをつくったりと、自社製品のPRにも力を入れてきました。

こうしたハード面、ソフト面のさまざまなアプローチが功を奏して、ユニオンは「ドアハンドル専門のプロフェッショナル集団」という、ブランディングを築いていきました。

ーそのブランドを、さらに世に知らしめたのが1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博ですね。

はい。東京オリンピックでは、新幹線の駅舎や競技場からホテルなどの関連施設まで、すべてのドアハンドルを、大阪万博でもオリンピックと同様に、パビリオンをはじめとする館内各施設のドアハンドルを制作しました。

いずれも既製品を流用するのではなく、まったく新しいドアハンドルを制作することになりました。国際的な大イベントにふさわしい「新しさ・未来感」を感じさせるドアハンドルを制作するには、ドアハンドルに関する専門的なノウハウが必要です。

そこで、弊社に白羽の矢が立ったというわけです。

そしてなんとかこのふたつの大イベントを成功させることができました。

売り上げも飛躍的に向上し、一緒に仕事をしてきた協力会社からはもちろん、さまざまな設計事務所やゼネコン各社からも信頼されるきっかけとなりました。

こうしてユニオンの知名度はみるみる上昇し、国内シェア90%を達成することができたのです。

栄光、そして挫折。バブル後の厳しい時代を生き抜いてこれたのは、創業以来変わらない「一流へのこだわり」

ー輝かしい経歴を残した先代社長から、バトンを受け取った時のことを教えてください。

私が先代からバトンを受け取ったのは、ちょうどバブルが崩壊し日本経済が低迷している時期。当時はどこの会社も苦しい経営を強いられ、ユニオンも例外ではありませんでした。

国内シェア自体は保っていましたが、絶頂期だった時代に比べ売り上げはだいぶ落ち込んでしまったのです。

ーがんばって良い製品をつくり続けても売れない…。そんな苦しい時代をどのように乗り越えたのでしょう?

創業時から先代が大事にしていた「一流を目指す」ものづくりの精神を、とにかく大切にしました。

それは売り上げが良い時でも悪い時でも、変わることはありません。

私たちの目指す一流とは、商品ひとつひとつの企画やデザイン、品質にこだわること。

新しいクリエイティブへの特許の取得も、積極的に行っています。

新しい製品をつくる際には、他社が超えられないような、質も機能性も素晴らしい圧倒的なものをつくることを常に心掛けています。

そして、お客様の満足度を高めること。

商品の在庫を常に切らさず用意しておき、最良の使い心地を提供する。

すべては、ユニオンというブランドが常に一流であり続けるためです。

売り上げがどんなに落ち込んでも、国内シェア90%という実績をここまで守ってこれたのは、このプライドがあったからだと思います。

そして現在のユニオンにおいても、「一流を目指す」ことは揺るぎない軸となっています。

ー「一流を目指す」製品づくりへのこだわりが、不景気の世の中にも関わらず国内シェア90%を死守できた要因なんですね。今後は、どういったビジネスを展開していこうとお考えですか?

シンガポールを筆頭に、アジア圏への進出を考えています。また、アメリカも好況なので参入したいと考えています。もっと広く世界にユニオンの製品を広めていきたいですね。

また国内では今後中長期的に「学校」や「病院」といったシチュエーションに応じた、専用のドアハンドルを開発していきたいと考えています。

例えば、学校ならこどもが使うのに適したドアハンドル、病院なら患者さんや高齢者の方が使いやすいドアハンドル、といった具合です。

すでにホテルやオフィスビル用は開発してあるので、バリエーションを増やしていきたいですね。

また今後は、デザイン性や機能性をよりユーザー目線で開発するために、デザインを直接担当しない社員にも積極的に製品づくりに関与してもらおうと考えています。

どれだけ時代が進んでも、お客さまに感動していただける一流の製品をつくるために、打てる手はすべて尽くしていきたいと思っています。

「何かひとつでも、秀でた人に来てほしい」―“一流”を求めるユニオンだからこそ、求める人物像とは?

ーユニオンでは、現在新卒採用に力を入れているとお聞きしました。新卒を募集するにあたって、立野さんが求める人物とはどのような人でしょうか?

明るくいつでも笑顔な人がいいですが、それ以上に「何かひとつの分野で、秀でたところのある人」に来てほしいですね。

その分野とはどんなものでもいいんです。自分の専攻についてでもいいし、スポーツでも楽器でも絵でもいい。究極「麻雀なら誰にも負けない」でも構いません(笑)。

自分の頭で考えて行動を起こし、自分の好きなことで1番になろうと突き詰めて努力した人って、それだけでとても大きな価値があると思うんですよね。

ーいつの時代も、一流のものを目指して来たユニオンらしい考え方だと思います。

要するに、成績で言えば他が全部「3」でも、何かひとつ「5」があればいいんです。

逆に、すべての科目で「4」の人間って優秀かもしれませんが、そこまで魅力的じゃない気がします。全部そこそこできるのかもしれませんが、結局はそこそこ止まり。

そういう意味で尖ったところのある、個性的な人に来てほしいです。

ーとはいえ尖ったところがあっても、新卒は新卒。1人前の仕事ができるようになるには時間がかかりますが、立野さんはそんな新卒に、どんなことを期待していますか?

最初は分からないことばかりだと思うので、先輩社員からの教育や研修を通してしっかり学んでいってほしいです。

でも、言われたことをただこなすだけや、自分で考えず指示待ちをするだけではやっぱりダメなんですよね。

できないながらも自分なりの答えを出し、自発的に行動してほしいです。尖ったところのある個性的な人は、自発的な行動が得意だと思うんですよ。

今働いている社員も、個性的な人が多いです。新卒から働いてくれている人も、中途で来てくれた人も、最初はやっぱり右も左も分からない。

でもその中で、自分の個性を活かしながら活躍できるように、だんだんなってくるものなんですよ。

社員同士の個性と個性がぶつかり合い、質の高い新しいものを創出できる、そんな会社を目指しています。

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